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生命力 アーロン・ラルストン著「127時間」とランス・アームストロング著「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」を読んで

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                              題名:127時間

                          著者:アーロン・アームストロング

                             訳 :中谷 和男

命に関る困難な状況、死を受け入れざるを得ない危険な情況にさらされたときの人間心理と人間の本質は皆共通している。ランス・アームストロングをはじめ、死と直面しながら強靭な精神力によって死を遠ざけることができる人もあり、残された命の時間に負けて自ら死を選ぶ人もある、今、死にたくない、いずれ死ぬ覚悟をしなければならない。いずれの情況に置かれたとしても、それは命を永らえるための時間との戦いである。
明日死ぬかもしれない、数ヵ月後に死を迎える、あるいは数年、数十年の後には必ず死を迎えなければならない。生命は全て時間とその人の生命力である、
アーロン・ラルストンのように死と直面し、6日間の壮絶と思われる精神力も、また時間との戦いである。孤独、痛み、恐怖との戦いがあり希望をなくして自ら命を絶つか、強い精神力を発揮して死への距離を遠ざけるか、その人の選択である。
人生には肉体的苦痛を甘受せざるをえない人もあり、精神的な苦痛を抱えながら残りの人生を受け入れざるを得ない人もある。
愛する人を愛せない、愛している人から愛されない、深い悲しみと精神的な悶絶の中で長い人生を生きなければならないものにとっても強い生命力がなければ生きることができない。127時間の壮絶な命の選択、精神的な心の痛みを抱えながら生きなければならない人生、いずれも命と時間の問題である。いずれかを自分で選ぶことができる、その人の生命力は生きる希望をもつか、希望を捨てて死を選ぶかにかかっている。
生きる道を選ぼうと、死を望もうと、死を迎えるまでの心理は皆同じである。
あえて言えば、死を選ばざるをえない人と、生きる道を選ばざる人の違いに過ぎない。
いずれ、人の命はいずれ終焉を迎えることになる。
 人生で大事なことは、何のために生きるかが大事だと思う。自分のために生きるのか、家族の為か、社会や国ために生きるのかでその生命力は大きく変る。

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                     題名:ただマイヨ・ジジョーヌのためでなく

                         著者:ランス・アームストロング

                            訳 :安次 嶺佳子

 老年が近い私であれば、アーロンやランスのような生命力は沸いてこないと思う。たとえ老いていても、遣り残した夢や愛する人がいなければ生命力を絶望の中に埋没し、生きる力をなくし、死を選ぶことになる。
 壮絶な生命力で生き抜いた二人には、誰よりも幸せになってほしいと思う。また、残りの人生を大切にしてほしいと思う。
 人間が究極の選択を迫られたときにどう生きるか、本から学ぶことも多い。一読をお勧めする。
 

 

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